よし、猗窩座今から1on1だ![鬼滅で学ぶ心理的安全性]

きれいな無惨様に学ぶ!
至高の領域に近いチームマネジメント

 
 

第1回 心理的安全性を確保して、青い彼岸花をゲットだぜ!

「高い能力を持つメンバーを擁しながら、いまいち結果が出せていない」

「自分は本当に部下たちの力を引き出せているのだろうか」

そんな葛藤を抱える管理職、リーダーは少なくありません。

そこでこの連載では、事例をもとに、心理学的な知見や、行動科学的な知見から得られるヒントをご紹介していきたいと思います。

事例としてご紹介するのは、「部下の力を引き出せない」リーダーの代表格。

漫画『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴、集英社)のラスボス「無惨様」こと「鬼舞辻無惨」です。

※ 本ブログでは、コミックス8巻までのネタバレ、および「無惨様が敗れた」というネタバレがあります。一切のネタバレを避けたい方は、是非、『鬼滅の刃』全巻読破後にまたお越しください!


無惨様の敗因は「部下の力を引き出せなかった」ことにあった

無惨様は、残念ながら(?)数百年におよぶ悲願である「青い彼岸花を手に入れる」ことも出来ず、また、鬼殺隊の総力戦にも敗れてしまいました。常識的に考えれば、身体能力では圧倒的に優位な鬼たちを擁する無惨様が、「人間」に敗れる理由はありません。

要するに無惨様は、「部下の力を引き出せなかった」のです。したがって、この敗北は、無惨様のマネージメント能力の敗北ともいえるでしょう

一方、産屋敷一族が率いる「人間」の鬼殺隊が「鬼」に勝てた秘密は、産屋敷一族のマネージメント能力の高さにあったと言えるかもしれません。

この点はまた別の機会にお話しするとして、今回は、無惨様のマネージャーとしての課題について考察していきましょう。


無惨様率いる鬼たちはみなモチベーションが低く、心理的安全性、そして生産性も低かったのです。個の能力を十分に発揮できず、また組織としても能力が発揮されていませんでした。

もちろん、無惨様だけを責めるわけにはいきません。封建的な平安時代に、それなりの家庭で生まれ育ち、若くして、要するに世の中のことを学ぶ前に、鬼となってしまったのですから。適切な指導者やメンター、ロールモデルに出会う機会も、マネージャとしての実務経験を積む機会もなかったわけです。

もし無惨様がこれからお話しするようなマネージャーとしてのスキルを身につけていたら、結果はきっと違うものになっていたことでしょう。

無惨様のチームの課題が端的に現れているシーンがコミックス6巻に出ています。

数多いる鬼の最上位に君臨する十二体の鬼、十二鬼月のうち、下位6体、下弦の鬼が招集されたシーン、通称「パワハラ会議」です。

「頭を垂れて蹲(つくば)え。平伏せよ」(引用元・集英社「鬼滅の刃」第6巻)

無惨様は、いきなり威圧的な態度から入ります。それにしても、言いますかね、自分からこういうこと(笑)

さらに、無惨様は責め続けます。

「誰が喋って良いと言った?貴様共のくだらぬ意思で物を言うな。私に聞かれたことのみ答えよ」(引用元・集英社「鬼滅の刃」第6巻)

「私が問いたいのは1つのみ。『何故に下弦の鬼はそれ程まで弱いのか』

この状態では、鬼たちは無惨様に一切の発言が出来ません。ただただ委縮するばかりです。

これこそ、まさに心理的安全性が損なわれている状態そのものです。

心理的安全性とは、一言でいえば「言える、聞ける状態が確保されている」状態です。会議などで、周りの空気を読んだり、「分ってない奴」「ネガティブな奴」と思われたくなくて、で自分が思っていることを言えなかったり、聞けなかったりした経験を皆さんもお持ちでしょう。

米国Google社が自社の組織に対して行った調査では、生産性が高い組織の「唯一」の共通点が「心理的安全性が確保されている」ことだったそうです[※1]。



心理的安全性が確保されていないために、思考停止してしまった鬼たち

さて、無惨様率いる鬼たちですが、この心理的安全性が確保されていないため、言いたいことも、自由にアイデアを出すことも出来ず、ひたすら殻に閉じこもるという方向に走ってしまったといえるでしょう。

「無残様に殺されるかもしれない」という恐怖の中では、当然、モチベーションも低かったと考えられます。

同様の事態は、その後8巻にも見られます。


鬼殺隊炎柱・煉獄杏寿郎を倒した猗窩座(猗窩座)が、無惨様にその報告をすると、無惨様はこう言い放つのです。

「だからなんだというのだ」

これでは組織の上級幹部である上弦の鬼たちもまた、心理的安全性が確保されると感じることはないでしょう。

もし、無惨様が心理的安全性を確保し、部下を支援することで成果を出そうとするリーダーであれば、上弦の鬼も、下弦の鬼たちも、いや、それだけでなく有象無象の鬼たちも、青い彼岸花の場所を見つける方法や、鬼殺隊を率いる産屋敷の家を見つける方法について意見を交わし、きっと青い彼岸花に辿りつけたはずです。

なにせ、無惨様が誕生してから数百年も経過しているのですから、見つけられないはずはありません。

心理的安全性が確保されていないからこそ、鬼たちは思考を停止させ、自律的に動くことはせず、暗闇に巣くい、人間を喰らうのみという、「青い彼岸花を見つける」といった目的からしたら非常に非生産的な日々を数百年の長きに渡り送っていたのです。

しばしば「人を喰って強くなる」と鬼たちは言いますが、本来のミッション(青い彼岸花を確保し、日光を克服する)からすれば「強くなることは手段の一つ」に過ぎず、そこに拘ることは、あまりに本質とかけ離れていると言わざるを得ません。

営業が顧客を訪問せず、

「営業は体力なんで、今日はプロテインがぶ飲みして、筋トレしてました!」

と言っているようなものです。

しかしこれとて、鬼を責めるわけにはいきません。

マネージャーである無惨様の

「なぜ弱いままなのだ」

という叱責は、まるで営業部長が営業活動をやっていない部下に「なんでお前はベンチプレス150㎏上がらないんだ!!」と責め立てているようなものです。

「目的」からしたらどうでもいいはずのことで責め立てるのですから、もはや何のためのマネージャーでなのか分かりません。

これは心理的安全性が確保されないだけではなく、社員のパーパス(自身が仕事を通じて実現したい目的、目標)をマネージャーが上手く会社の戦略や活動に一致させることが出来なかった状況といえます。

これらを一致させるためには「ナッジ」「ジョブクラフティング」というマネージメント手法があり、これが出来ていれば、ここでも無惨様は違う結果を得られたはずですが、これについては、また別の機会にお話させてください。

もし無惨様が1on1ミーティングを実践していたらどうなっていたのか

近年心理的安全性を確保するための手段として、「1on1ミーティング(1対1の面談)」が、有効とされています。

1on1ミーティングの目的は、もっぱら個別業務の打ち合わせではなく、「対話をする」ことを通じて、相互の理解促進や、先に挙げたナッジ(ジョブクラフティング)などより全般的な仕事についての「気づき」を与え、「お互いの考えや、行動に変化を与える」ことです。

また、また同時にこの1on1ミーティングを通じ、部下の内発的動機(「やりがい」の元となる要素)を知ることも、部下の心理的安全性を確保し、「関係性を構築・改善」する上では、極めて有効です。

たとえば猗窩座はその言動から推測するに、明らかに「競争(他の鬼たちや、過去の自分自身より強くなること)」や「利他(師匠・慶蔵や婚約者・恋雪、そして父のために自分自身を犠牲にしてでも助けたい)」が、強いモチベーションに繋がっています。

これらこそが、猗窩座の内発的動機そのものと言えるでしょう。もし無惨様が多少なりとも猗窩座の内発的動機に目を向けていれば、無惨様と猗窩座の関係性もまるで変わったものになったはず。

無惨様は、「思考を読むこと」は出来ても、鬼たちの「内発的動機を見る」ことは出来ていませんでした。

「対話」のない関係には、「心理的安全性」の確保はありえないのです。

無惨様は上弦の鬼たちと、113年に1度ではなく、少なくとも月1回30分から1時間程度、下弦の鬼たちとは、たとえ1回15分でも、週1程度の頻度で1on1ミーティングを行うことができればよかったのでしょう。

無惨様が有能なマネージャーだった世界線(パラレルワールド)での、猗窩座との1on1ミーティングを観てみましょう。リアルな無惨様と区別するため、この世界線での無惨様はきれいな無惨様と呼びます。


きれいな無惨様 「おつかれさまです」

猗窩座 「おつかれさまです」

きれいな無惨様 「今日は何について話そうか。あー、せや。今日は京都弁でいかせてもってええどすか?素でいかせてもらうわ(笑)」

猗窩座 「ははは、もちろんいいですよ。そうっスね、、、最近はちょっと体力が落ちている気がしていて」

きれいな無惨様 「体力落ちてる?」

猗窩座 「そうなんすよ。運動不足っていうか、ちょっと運動の時間取れてないっス」

きれいな無惨様 「いや、猗窩座偉いでな。俺も毎日トレーニングしたいけど、続かへんもん。すごいで」

猗窩座 「そんなことないっスよー。それに、俺、青い彼岸花取ってこないといけないし」

きれいな無惨様 「ありがとな、青い彼岸花取ってきてくれはると、俺もえらい助かんで。なんか俺が手伝えることある?」

猗窩座 「自分は、まあ、ある場所さえ教えてもらえれば、体力でなんとかするんですけど、なにせあまり周りと行動できないタイプなんで、見つけるまでが大変なんスよねー」

きれいな無惨様 「周りと行動出来たら上手ういきそう?」

猗窩座 「そうっスね。情報収集とかはみんなでやった方が効率的って思うんスけど、やっぱり苦手で」

きれいな無惨様 「ほな、童磨に情報収集させよか。あいつの組織デカいし、リソース余っとるやろ。他になんかある?」

猗窩座 「あ、、、あー、でも、、、こんなこと、もう思いついてますよね、、、」

きれいな無惨様 「聞かして、聞かして。俺、猗窩座のアイデア聞くの好きやで」

猗窩座 「本当っスか。ほんと、ただの思いつきなんスけど、獪岳や黒死牟は、元・鬼殺隊なんで、もしかしたら、産屋敷の家の場所とか知ってるんじゃないっスかね。そんで、産屋敷の家に出入りしている隊士とか、黒子とかを魘夢に捕まえさせて、夢の中で情報聞きだすとか、、いや、すみません、こんなつまんないこと言っちゃって」

きれいな無惨様 「、、、」

猗窩座 「、、、すんませんっス、マジ、すんません」

きれいな無惨様 「、、、猗窩座、、、やっぱあんた、天才やわ。俺は脳みそが5個あるけど、思いつかへんかったさかい。運動も出来て、天才なんて、もう神やわ。完全にアインシュタイン超えてる。今年のノーベル賞はあんたやわ、、、ノーベルさーん、ここに天才がいてはるでー」

猗窩座 「いやいや、ちょっとやめてくださいよ、、、恥ずかしいっすよ」

きれいな無惨様 「ほんと、すぐに実行しよう。童磨たちが彼岸花見つけたら、ほんならあんたが俺の代わりに、俺のために取りに行ってくれるか?」

猗窩座 「絶対、取ってきます。柱が何人来ても、絶対俺がぶっ倒して、無惨様に青い彼岸花届けます」

きれいな無惨様 「おおきに!!」

いかがでしょうか。

この1on1ミーティングによって、猗窩座の心理的安全性は大きく上昇しました。

猗窩座は「きれいな無惨様は自分の思っていることを伝えても大丈夫な上司」と思うでしょうし、むしろ「きれいな無惨様に、また自分の思ったことを話してみたい」「自分で考えたことを実行してみたい」と思うようになったに違いありません。

組織の自律性や、創造性、さらにはモチベーションの向上もまた心理的安全性によっています。

また同時に「青い彼岸花を取ってくる」という本来の目的をより意識し、そして「行動を変化」させたことも想像できます。

そして何より、内発的動機を活用したことで、今までよりもずっと強く「青い彼岸花を無惨様のために取ってこよう」と思ったはずです。

もちろん、1回の1on1ミーティングで心理的安全性が確保されるわけではありませんが、このような積み重ねが、部下と上司の「関係性の質」を高めます。この「関係性の質の向上」が「思考の質の向上」「行動の質の向上」を促し、最終的には「結果の質の向上」につながることは、ダニエル・キム元MIT教授の研究「成功循環モデル」[※2]の中で証明されています。

「青い彼岸花」という「結果」は、きれいな無惨様と鬼たちの「関係性の質の向上」によってきっと実現することでしょう。

実は無惨のマネージメントとしての弱点は、部下の心理的安全性を確保できていないことだけではありません。

「マネージャーは、あらゆる点で部下より優れていなければならない」

「マネージャーが一挙手一投足を管理すれば、成果が出る」

という「管理者」型のリーダーシップ像に囚われていることもまた、弱点の一つです。鬼たちはリモートワークが基本ですが、それでもなお、無惨様は徹底して鬼たちの行動を監視・管理しようとします。しかし、単に「表面的な行動」を縛るスタイルの「管理」だけでは、「結果」は出ないのです。

さらに、

「能力がある鬼を十二鬼月(幹部)にしさえすれば、結果は出る」

という思い込みもまた、弱点だったといえます。そこには、「自分は叱責だけしていれば、有能な部下がなんとかするだろう」「幹部は幹部であることだけで、十分、自分の思い通りに動くものだ」といった思い込みがありそうです。

幹部、リーダーであっても、そこに心がある以上、仕事に対する姿勢や成果は心の在り方、モチベーションに大きく依るのです。

という訳で、今回は主に心理的安全性に焦点を絞って、無惨様のマネージメントのなにが問題だったのかを考察しましたが、今後は、さらに無惨様のマネージメント手法を深堀りし、無惨が勝利する可能性や、無惨が習得すべきだったマネージャとしての素養、テクニックについて解説していきたいと思います。

いったん次回は、今回の1on1ミーティングの例できれいな無惨様が使ったテクニックを詳しく解説したいと思います。引き続きよろしくお願いいたします。


※1 Google re:Work 「効果的なチームとは何か」を知る

※2 システム・シンキングトレーニングブック ダニエル・キム(2002)日本能率マネジメントセンター




飯田 蔵土氏
Attuned シニア セールスマネージャ

日本HPでSE(電子マネーに関するBizモデル特許取得)としてキャリアをスタートさせたのち、外資ファームでM&Aアドバイザー、戦略コンサル、外資メーカーで事業部長、管理本部本部長を経て、 2020年よりAttunedの事業責任者を務めている。一橋大学大学院修了。MBA in Finance。行動経済学会会員。